イチゴ農家

子供の頃、我が家が農家であることが嫌でたまらなかった。

親と遊んでくれない。

家族旅行も3歳の時に猿ヶ京温泉と5歳の時に伊香保温泉で馬に乗ったのが最後。

上尾の水上公園は旅行じゃないはず…

ゴールデンウィークに旅行なんて誰がいくの?と思ってました。

稲の種まきで忙しいその時期に。

イチゴの最盛期は朝5時から親達は畑に出ていた様な…

そんなこんな状況で「遊びに連れてって!」とは、子供心に言えるはずもなかった。

新学期に家庭調査書などの欄に家族構成、職業を書く欄があり、それもたまらなく嫌だった。

高校生になり友達が遊びに来るとビックリされる。

庭が立派。家の敷地の広さ?たぶん700坪。

そして、イチゴが美味しい!

友達はお腹いっぱい食べらるそのイチゴを、笑顔で頬張るのを見た時嬉しく思った。

農家も悪いもんじゃないと。

川島町を馬鹿にする奴はいたけど、そういえば、うちの農家を馬鹿にする人はいなかったなと。

最近の自虐ネタではないけど、いい意味で川島町はちょうど良かった様な気もするし。

おふくろが中心で回してたイチゴは私の自慢になり、いつしか農家も嫌ではなくなっていた。

鍼灸学校時代の友達はのべ100人くらいイチゴ狩を楽しんでくれて、おふくろは料金を取らなかった。

「もう時期が終わりだから」と言って。

優しかった。

昔のアイロンで登校前にかけたままにしてしまって、加熱しすぎて畳が下まで燃えてボヤを起こした時も怒らなかったですし、高校生でバイクの免許を取ってしまい、免許証を学校に預ける時もそうだった。

キセルで駅に呼び出されても怒らなかった時が逆に一番こたえた。

そのおふくろが先日、亡くなりました。

毎日新聞、男の気持ちに載せた「母との散歩」のおふくろが。

亡くなる2時間前に会話にならない会話をして別れた後、帰宅したすぐのことだった。

おふくろは私にいつも期待をかけてくれている様な気がして、なぜかそれをよく感じていた。

できの悪い3番目だからこそか。

どれだけ期待に応えられたかは甚だあやしいけれど…

 

上を向いて歩こう♬

 

それから苺の今は兄が「いちごファクトリー」という屋号で、おふくろの後を継いで

精力的に頑張っています。美味しいです。

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